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光の量について

 この町では、人は光を持って生まれる。

 なぜかは誰も知らない。気づいたときにはそういうものだった。光の量は人によって違うが、生まれた瞬間はほとんど同じだ。その後、どう生きるかによって、少しずつ変わっていく。

 光は自分では見えない。他人にも、肉眼では見えない。ただ、専用の機械を使えば測定できる。商店や住居の窓口には、たいてい測定機が置いてある。申請に来た人間の光の量を確認して、それから手続きを進める。光の量が十分であれば、話はすんなり進む。不十分であれば、職員は申し訳なさそうな顔をして「今回は」と言う。理由は言わない。光の量が理由だ、と言うことはできないからだ。言ったとしても、どうにもならないからだ。

 光の正確な数値は、中央計測所が管理している。


 佐々木の光が一度揺らいだのは、三十二歳の冬だった。

 揺らいだのは、一瞬だった。

 理由は、隣に大型の変圧設備が設置されたせいだったかもしれないし、そのころ体調が優れなかったせいだったかもしれないし、全く別の理由だったかもしれない。理由は後からわかることもあれば、わからないこともある。このときはわからなかった。

 ただ、その一瞬を、計測所の機械が記録した。


 二年後、佐々木はより広い家に移ろうとして、仲介窓口で初めてそのことを知った。

 職員は測定機に目を落とし、少し間を置いてから、申し訳なさそうな顔をした。

 佐々木は計測所に行った。

 開示には費用がかかった。届いた書類には数字と記号が並んでいた。担当者が丁寧に説明した。二年前の冬、光が一瞬揺らいだこと。それが記録されていること。記録は消えないが、年数が経てば算出への影響が薄まること。

「どのくらいかかりますか」と佐々木は聞いた。

「一般的には、五年ほどです」と担当者は言った。

「二年経っています」

「そうですね」

「残り三年、どうすればいいですか」

「安定した光を保ち続けることが大切です」と担当者は言った。「揺らぎのない状態が続けば、記録上の影響は徐々に小さくなります」

 つまり、揺らがなければよかった。

 揺らいだことを記録した機械に対して、今後三年間、揺らがずにいることが、唯一の方法だった。

 佐々木は「わかりました」と言って、計測所を出た。


 それから佐々木は、光のことをよく考えるようになった。

 以前は考えたことがなかった。光は生まれたときからあって、勝手に出ていて、ときどき測られて、だいたい問題なかった。それだけだった。

 しかし今は、歩くたびに、食事をするたびに、眠るたびに、ふと思った。今、揺らいでいないか。今、どのくらいの量か。機械が近くにあれば、拾われていないか。

 自分では見えないので、わからなかった。

 気にすることで、光は安定するのか、あるいは不安定になるのか、それもわからなかった。担当者に聞いたが、「光の状態に影響を与える要因は複合的です」と言うだけだった。


 三年が経った。

 佐々木はより広い家に移ることができた。窓口の職員の顔色が、以前と違っていた。それで、記録の影響が薄まったのだとわかった。確認はしなかった。確認には費用がかかった。

 引越しを終えた夜、佐々木は新しい部屋の窓から外を眺めた。

 道を歩く人たちが見えた。それぞれが光を持っていた。当然、見えなかった。見えないが、あった。それぞれの量で、それぞれの状態で。計測所に記録されながら。

 ふと思った。

 あの人たちも、揺らがないように気をつけているだろうか。

 あるいは、気にしたことすらないだろうか。

 どちらが幸福か、佐々木には判断できなかった。

 判断できないまま、カーテンを閉めた。

 部屋が暗くなった。

 自分の光は、見えなかった。