瞬間についてのアンケート
その封筒には切手が貼られていなかった。
貼られていないのに届いていた。ポストの中で、公共料金の明細と生命保険の案内に挟まれて、ごく普通の顔をしていた。差出人の欄は空白で、宛名はわたしの名前だけがあり、住所はなかった。住所のない宛名で届く郵便というものが、この世に存在するとは思っていなかった。
中身は、アンケート用紙だった。
上部にこう書いてあった。
このたびは弊社のサービスをご利用いただき、誠にありがとうございます。以下の瞬間について、五段階でご評価ください。なお、本アンケートは統計目的にのみ使用し、第三者に提供することはございません。
サービスを利用した覚えはなかった。しかし読み進めた。
設問は、全部で十一問あった。
一問目。「十一歳の秋、下校中に拾った銀杏の葉を、その日の夕方に捨てた瞬間」についての満足度を、五段階でお答えください。
わたしは少し手が止まった。拾った記憶があった。捨てた記憶もあった。正直に言えば、捨てるまで持ち歩いていたことをすこし恥ずかしいと思いながら、ランドセルの横のポケットに押し込んで、それでも家に帰るまで捨てられなかった。
「3」に丸をつけた。理由は書かなかった。理由を書く欄もなかった。
二問目。「二十四歳のとき、電車の座席で眠っていた老人が、終点の手前で目を覚ました瞬間」について。
見ていた。見ていたことを、今の今まで忘れていた。老人は目を覚まして、窓の外を確認して、安堵した顔をした。その顔を、なぜかわたしはずっと見ていた。
「4」をつけた。
設問はそういった調子で続いた。
中学生のとき、図書館で読んでいた本の一節に、どこかで読んだことがあるような気がして、でもそんなはずはないと思い直した、あの一瞬。
深夜に台所でコップに水を注いだとき、その水が妙に冷たくて、少し驚いた瞬間。
友人と話しながら、ふと「この人の声は少しかすれている」と気づいた瞬間。それを伝えなかった瞬間。
設問は、どれもそのくらいの粒度だった。誰の人生にも無数にあって、しかし誰にも話すことのない、あの種の瞬間ばかりが並んでいた。
十問目を終えたところで、わたしは設問の隅に小さな注釈を見つけた。
※ 進学・就職・結婚・離別・死別その他の人生上の重大事象は、本アンケートの対象外となります。それらにつきましては、別途担当部署にお問い合わせください。
重大事象は対象外、ということだった。
なぜ、とは思わなかった。むしろ自然な区分けに思えた。重大な出来事には、それなりの評価機関があるだろう。こちらはこちらで、銀杏の葉と、電車で目を覚ました老人の顔と、コップの水の冷たさを、丁寧に集計しているのだ。
十一問目を読んだ。
「現在、このアンケートに記入している瞬間」について、五段階でご評価ください。
わたしはペンを持ったまま、しばらく考えた。窓の外では、夕方の光が建物の隙間からこちらを照らしていた。どこかで夕食の匂いがしていた。ペンのインクが滑らかに出た。
「4」をつけた。少し迷ったが、「4」だと思った。
返送先の記載はなかった。
用紙を封筒に戻してポストに入れた。翌朝、封筒はなくなっていた。
その後、何かが変わったということはない。変わらないのが正しいのか、変わらないのがおかしいのか、判断する材料がない。アンケートの結果がどこかで集計されているのか、そもそも何のサービスを利用したのか、今もわかっていない。
ただ、あれ以来、些細な瞬間のことを、以前よりすこし丁寧に見るようになった。
気のせいかもしれない。
気のせいでないとしたら、それが目的だったのかもしれない。
目的だったとしたら、「5」をつけるべきだったかもしれない、とたまに思う。