返却のお願い
封筒が届いたのは、火曜日の午後だった。
差出人の欄には「縁事管理局」とあった。聞いたことのない名前だったが、ロゴが妙にきちんとしていたので、わたしは深く考えずに開封した。
文面はこうだった。
拝啓、時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
このたびは弊局の管理ミスにより、お客様に対して「出会い」を一件、過剰にお届けしてしまいました。誠に申し訳ございません。
つきましては、該当の出会いをご返却いただきたく、ご連絡差し上げた次第です。対象となる出会いの詳細は下記をご参照ください。
対象期間:直近三年以内 対象種別:予定外・偶発的なもの 数量:一件
返却の方法につきましては、同封の用紙にご記入の上、最寄りの縁事管理局窓口までお越しください。なお、該当の出会いが現在進行中の関係に発展している場合も、返却手続きは可能です。ご安心ください。
ご不明な点は下記番号までお問い合わせください。
敬具
わたしは手紙を読み返した。
三年以内の、偶発的な出会い。
思い当たることが、いくつかあった。むしろ、いくつもあった。それが問題だった。
電話をかけた。三コール目で繋がった。保留音はなかった。
「縁事管理局です」
穏やかな声だった。性別はよくわからなかった。
「返却対象の出会いについて確認したいんですが」とわたしは言った。「どれのことか、特定できますか」
「お客様の管理番号をお教えいただけますか」
封筒を確認した。十四桁の番号を読み上げると、少し間があった。
「はい、わかりました。対象の出会いは、二年と四ヶ月前のものになります」
わたしは記憶をたぐった。二年と四ヶ月前。
「もう少し詳しく教えてもらえますか」
「申し訳ございませんが、個人情報の観点から、詳細はお伝えできません。お客様ご自身にてお心当たりをお探しください」
「心当たりを探して、見つけたら返却する、という手順ですか」
「さようでございます」
わたしは少し考えた。
「もし見つけられなかったら」
「その場合は、該当の出会いが自然に消滅いたします」
「消滅」
「はい。ただし時間がかかる場合がございます。数十年かかるケースもあります」
わたしはまた考えた。
「返却しないという選択肢は」
「可能です。ただしその場合、以後の縁事サービスに一部制限が生じます」
「どんな制限ですか」
「それはお答えできません」
電話を切って、わたしは二年と四ヶ月前のことを考えた。
会社の帰り道、雨に降られて軒先に飛び込んだ喫茶店。隣に座った人と、なぜか話した。今も連絡を取っている。
本屋で手に取った本を落として、拾ってくれた人。礼を言って別れた。翌週、まったく別の場所でまた会った。今も連絡を取っている。
同窓会で、ずっと話したことのなかった人と、なぜかふたりきりになった。今も連絡を取っている。
三件あった。
困った。
返却用紙を取り出した。記入欄は一行だった。
「返却する出会いを、簡潔にご記入ください」
わたしはペンを持ったまま、しばらく動けなかった。
翌日、窓口に行こうとした。地図アプリで「縁事管理局」を検索すると、一件だけヒットした。徒歩十分の場所にあった。今まで前を通ったことが何度かある気がする場所だったが、そこに何があったか、思い出せなかった。
行ってみた。
コンビニだった。
店員に聞いてみた。ここには昔、別の建物があったかと。
店員は少し考えて、「ずっとコンビニですよ、たぶん」と言った。それから、「何かお探しですか」と聞いた。
わたしは、いいえ、と言って出てきた。
返却用紙はまだ記入していない。封筒は机の引き出しに入れてある。
ときどき思い出したように引き出しを開けて、用紙を眺める。それから閉める。
以後の縁事サービスには、まだ特に制限が出ていないような気がする。
出ていないような気がする、というだけで、確かめる方法はない。